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もふもふTAKURAMIブルワリー

84世代、新卒で10年勤めた会社を退職し、発酵醸造の道を歩み出した“ふぁーびー”のブログです。発酵はもちろん、生き方・キャリア・子育て・NPO…様々なテーマについて気ままに綴っていくブログです。

2016年以降の世界 その②

ふぁーびー 夫婦 生き方&働き方 発酵

2016年以降の世界シリーズ、その②は「こうじづくりワークショップ」です。

 

あ、こうじづくりのこうじっていうのは、“米麹”のことで、いわゆる日本の食卓を支えているのです。代表的なのは「醤油」「味噌」「みりん」「酢」「日本酒」「焼酎」…こうじすごいですね!

 

そして、前回の出産についての記事の最後で

まさかあんなことになるとは

と書きましたが、何が起こったのでしょうか。

 

結論から言いますと、出産日の翌日である4月3日に(いや翌日というか翌朝と言った方がより正確かもしれませんが)小倉ヒラクさんという方が主催する「こうじづくりワークショップ」に参加したのです。

 

ん?
よ、翌朝だと…!!

 

ま、待ってください!これには深い訳がありますし、もちろん当時の妻が(当時の妻ってややこしい)むしろ『あなた、行ってきなさい、後悔しないように』と背中を押してもらった経緯もありますので、まずは落ち着いてください。

 

元々、2年前くらいから関心が高まっていた「発酵食文化」。これについて調べていくと行き着いたのが“発酵デザイナー 小倉ヒラク”さんなんですね。どういった方なのかは公式サイトをご覧ください。

 

hirakuogura.com

 

この方とラジオ番組を通じてTwitterで繋がったりしていたのですが(この繋がり方イマドキですよね)以前から参加したいなと思っていた「こうじづくりワークショップ」が関西でも開催されることが決まり、即申込みをしたのですが(予定日は3月31日だし何とかいけるかなーと夫婦でも話してました)なんと、ヒラクさんから『助手やってくれませんかー』とリプがきまして、「もちろんですー!」とテンション高めで返していたのですが、予定日を越えてもまだママのお腹にいたい気持ちが強かったのでしょうね…。

「せっかくの機会でしたが、予定は微妙なタイミングです…キャンセルの可能性大です…」と事前にもお伝えはしていたのですが、そうなると思って動いていたところ、なんとまさかの4月2日の夜…!!

異様なテンションのまま夜を過ごし、翌朝家族会議の末、朝7時位には出発させてもらいました。

 

この話をする度に妻の器の大きさに感服いたすのですが、この時の選択が後の私たちの人生を変えることになるとは思いもよりませんでした。

 

さて、無事に産まれてきてくれた娘と、産んでくれた妻に感謝しつつ、大阪は天王寺、アベノハルカスへ。

この時点でまだヒラクさんには実際にお会いしたことがなかったので、浸水したお米を会場まで運ぶのを手伝うためにホテルに向かい、廊下で初めてのご対面。

ある意味雲の上の人だと思っていたのですが、とても気さくな方でした。何か自分長男なんですがヒラクさんは「お兄さん」って呼びたくなるような方です。


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そして、まずここで死にかけるのですが、浸水させたお米って死ぬほど重いんですね。いや量がすごかったんですね。何キロあったんだろう…

何度も木の植え込みやら信号待ちの度に休憩しながら、何とかたどり着きました。

 


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何気に初ハルカス。
でかい。

この最新の施設で「こうじづくり」すると思うとそれだけでテンション上がります(なのでこの時点でもうちょっとよくわからなくなってましたね)。

 

そして、ワークショップの準備をしつつ、私に与えられたタスクの1つ「軽食を買ってくる」仕事を何とかこなし(ハルカスの中にあるパン屋さんのパンを全種類買い占めました←参加者の方にパン屋さんと思われてました)午前午後と助手をさせていただきました。

ヒラクさんはめちゃくちゃお話好き(特に発酵の話)なので、時間を忘れるほど楽しいワークショップになりました。もちろんみんなでこれも踊りました。

 

www.youtube.com

 

もともと参加者の予定が助手という形になったので、がっつり造ったわけではなかったのですが、お米の蒸し方や切り返し方、温度管理など、実践と理論をヒラクさんアレンジのシンプルな手法として学ぶことができました。

 

帰りは終電の絡みもあり、バタバタとしてしまいましたが、お土産もいただきつつ、帰りの電車でも人生相談させていただいたり、何やかんやとヒラクさんとおしゃべりもたくさんできて、個人的にはとても嬉しかったです。

 

そして、この日は助産院にお泊まりだったので、助産院で「こうじもこもこ」させてました。お湯とかすぐ補充してくださるので、とても助かりました(←流用)。おそらく世界で初めて「助産院でこうじを育てた男」として認定されたんじゃないかなと自負しています。

 

ただテンション高くてなんか楽しかった、みたいな小学生みたいな記事ですが、とにかくそのできた麹で造った甘酒はめちゃくちゃ旨かったです。妻にも甘酒スムージーにして飲んでもらいましたとさ(好評)。

 

今回は以上です。

2016年以降の世界 その①

ふぁーびー 夫婦 生き方&働き方 育児

2016年以降の世界シリーズが始まりました。早速、その①である第2子の出産・育児について。

 

うーん…書き出そうとするのですが、1年経つと当時の緊迫感はやはり鮮明には難しい(笑)でも頑張って書きますね!


まず、当初3月31日に生まれる予定だったのが4月2日まで延びて、予定が色々と変わっていきましたし、仕事に行っても常にドキドキ…とほとんど落ち着かなかったのを覚えています。

 

ただ、幸いほぼ陣痛が始まってから出産まで、最後まで立ち会えたのはよかったです。1人目もしっかりと立ち会えていたので、そこだけは意識して仕事の調整含め頑張っていましたね。

 

ちなみに1人目の状況と大きく変わる点が1つ。それは“助産”での出産だったこと。
たまたま私の母校の高校のすぐ近くということもあり、運命的なものも感じましたね。

 


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桜並木のとても華やかな場所、まさに春満開

 

やはり病院とは違いマンツーマンで助産師さんの手厚いサポートが受けられたのは実際心強かったでしょうし、まさに主役の母親にとっては“自分の出産について事前にデザイン(計画)する”「バース(Birth)プラン」を考えるのが特徴的だったのではないでしょうか。


そして、中でも特に印象的だったのは、長女(当時3歳)も立ち会ったことです。当初、出産時の非常に緊迫した状況の中、娘をその場に居させることについては話し合っていまして、本人の意思に任せようということになっていました。流石に終盤はかなり大変なので少し部屋の外にいた時間もありましたが、それでもほぼずっと家族全員であの大イベントを乗り越えることができました。

 

さらに、長女が助産師さんばりの活躍をしたということは忘れられません。あれは助産師さんも『将来は助産師になれるわね』と太鼓判でした。


『ママ、もうちょっとで赤ちゃん出てくるしな!』
『ママ痛い?大丈夫?』


とずっと妻の横にいて励ましてくれました。
今思い返してもすごいなぁ。
父親というか夫というか、大人である私よりも心強く、たくましい、そんな印象を思い出します。

助産院」での産前産後については、妻にも当時のレポートを書いてもらえたらな、と思います。

 

今はもう、もちろんだいぶ取り戻しましたが、出産直後は抱っこしたり、おむつを替えたり、夜中3時間おきの試練に立ち向かっていたり…という一連の流れについて意外と3年前の長女の時にできていたことが『あれ?こんな感じでいいんだっけ?』と思い出せずに戸惑っていたのですが、時が経つのは早いものです。

 

さて、ここまで朧気(おぼろげ)ながら書いてみると、意外と思い出せましたね。
そうそう、当時は“発酵”にもかなりハマりだしていたこともあって、甘酒を造って妻に飲んでもらうんだ!と息巻いていました。


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助産院にもこんな張り紙

 

ただ、そのことも含め、まさかあんなことになるとは…

というわけで次回の展開をお楽しみください。
今回は以上です。

2016年に何が起こったのか 予告編

ふぁーびー 生き方&働き方

『もーーー濃すぎるのよーーー!!!』
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 と叫びたくなるくらい、人生充実、あまり悩まなくなってきた32歳、ふぁーびーです。

 

これまで、2015年以降の世界という謎のシリーズを綴ってきたのですが、いよいよシーズン2といいますか、2016年以降の世界が始まります(もう2017年始まって2ヶ月以上経ちましたが)。

 

昨年2016年は本当に多過ぎるほどの出来事が起こり、2015年もそうですが、本当に起こったことを詳細に全て記述できるわけもなく、またしたところで、読み手のみなさんはもちろん、自分に対しても「本当にそれがあったからこうなの?」というのが言い切れるかどうかは分からない、と思っています。


備忘録ではありつつも、こうして文字に起こすことで、少しでも客観視でき、次への原動力になればいいなと思っています。


というわけで、2016年に入ってからを振り返ると…

 

①第2子の出産・育児

②こうじづくりワークショップ

③京都地ビール祭り

④謎の落ち込み

⑤キワモノ島

⑥Aプラン(鳥取移住計画)

⑦Bプラン(丹波篠山移住計画)

⑧退職願

⑨職人への道とワークライフバランス


です。


①は分かりやすい大イベントですね。⑤はタイトルからして謎ですが、これに参加したことで人生思い切りました。


と、こんな感じで今回は予告編としまして、次回以降少しずつ激動の2016年を記録していきますね。

 

2015年以降の世界 その⑥

「2015年以降の世界」シリーズ。

匿名ブログから転載というか、プチリライトした記事をこちらで載せ始めました。

じつはすでにこちらの「もふもふ」で書いたエントリーと重なってるので、未読の方は関連記事もどうぞ。

 

今回はこれかな→

mofux2takurami-brewery.hatenablog.com

 

2015年以降の世界という謎のシリーズも⑥まできました。(謎というかただの32年目にして起きたとある出来事を分解してるだけです)

 

前回まで、色んな出会いに恵まれすぎて、逆に刺激を受けすぎて、自分って一体何をやりたいだー!とずっとしんどい感じだったけど、誰かを応援するという方法を試してみることにしたら何と…というところまでお話しました。

 

さて、ビールについて詳しくなるぞ!というモードのまま、町の9割が森林の鳥取県智頭町において「森のようちえん」という北欧で生まれた森の中で子どもたちが育つのを見守る教育を日本で実践している幼稚園。を見つけました。

そして、その同じ町の中で事業を起こしている伝説的なパン屋「タルマーリー」。これら2つについてもっと知りたいという欲求を抑えきれず、実際に鳥取に行ってしまったのです。


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この「行ってしまった」というのも、初めは中々足取りが重かったのですが、当時鳥取に仲の良い友人が住んでいたこと、パートナーからの『やるという事をやった方がいいよ』という後押しもあり、1人、一路鳥取へ旅立ったのです。

 

かなり割愛して書くと、この旅の中で、タルマーリーのオーナーさんとビールのロマンについて語り合うことになり、これはもうビール職人に私がなるしかない、という展開になったのです。

割愛し過ぎたかな、とは思いつつも、実際それだけだったので、人生何が起こるか分かりませんね。

高まっていた「発酵」や「ビール」というキーワードに、「夢を応援する」、そして実際に「足を運ぶ」ことによって、結果やりたいことにつながったという感じです。

ただ「やりたい」というより、「やってみたい」「チャレンジしてみたい」という方が正確かな、とも思います。

そして、それから子どもが生まれたり何やかんやしてるうちに、一旦「無気力」に陥ってしまったり、そんなこんなを経て、2016年の9月にどかんと人生の花火が打ち上がったり…これらについてはまた次回に。

 

とりあえず色々あって、どんどん加速しているということですね。

2015年以降の世界 その⑤

「2015年以降の世界」シリーズ。

匿名ブログから転載というか、プチリライトした記事をこちらで載せ始めました。

じつはすでにこちらの「もふもふ」で書いたエントリーと重なってるので、未読の方は関連記事もどうぞ。

 

今回はこれかな→

 30年間やりたいこと探しで消耗してきた人がついに見つけた「突破の仕方」 <前篇> - もふもふTAKURAMIブルワリー

【謹賀新年】 30年間やりたいこと探しで消耗してきた人がついに見つけた「突破の仕方」 <後篇> - もふもふTAKURAMIブルワリー

 

今回は「やりたいこと探し」について。

ずーっと、病気?!って思うくらいに「やりたいことが見つからなければ幸せにはなれない」と考えていました。(今もまだ囚われてしまってる部分があります)

頭では「見つからなくても幸せになれる」とも思ってはいるものの、やはり現状に満足ができていないことが拍車をかけるように頭の中でいくつかのキーワードがぐるぐると追いかけてきます。

 

『やりたいこと』
『夢』
『天職』

 

30歳を越えてもなお、その言葉や考え方に縛られ、それによりむしろ本来求めていることからどんどん離れてしまうんじゃないかと不安になることもありました。

 

ある人は言います。
『そんなことが見つかる人は一握りの人間だけだよ(そのことで悩んだり気を病む必要はないよ、ゆっくりいこうよ)』と。


こうした言葉に救われた部分もありますが、それを発してくれた方はまさに自分自身の人生を謳歌されてるようにも見え、複雑な気分を憶えることもありました。(といいつつ、やっぱり言われると嬉しい)

 

で、そんな中、「やりたいことがなかったら誰かの夢を応援したらいい」というコンセプト提唱されてるのを知りまして、じゃあ私の場合は…「パートナーの夢」を応援しよう!となりました。

 

一番身近ですし。パートナーは私よりもイイ意味で尖っているというか、芯がしっかりしているというか、そういう人なんですが、以前から「ビール職人」に関心があったそうなんです。実際ビールとチーズがあれば生きていけると宣言されてる方なんですが、じゃあパートナーが夢を実現させるために、私ができることって…まずは私が「ビール」のことを勉強しよう!ということでした。


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また、とあるトークイベントでその話をしたところ、参加者の方やゲストの皆さんから『それいいねー!』と言われちゃったのでテンション上がって色々してたら…

 

この後とんでもないことが起こり始めたのです。

つづく

2015年以降の世界 その④

ふぁーびー 生き方&働き方 発酵

「2015年以降の世界」シリーズ。

匿名ブログから転載というか、プチリライトした記事をこちらで載せ始めました。

じつはすでにこちらの「もふもふ」で書いたエントリーと重なってるので、未読の方は関連記事もどうぞ。

 

今回はこれかな→

(関連記事多すぎて迷いました)

 発酵デザインによる「沢木惣右衛門直保」化、という仮説。 - もふもふTAKURAMIブルワリー

 

ここずっと、何となく、今までの経緯を書き残していますが、読んで下さっている方に対して、おそらくあまり面白くないものに映っていると思いますが、これは完全なる備忘録ということで割り切って進めていきます。

 

さて、2015年以前を起承転結の「起」とするならば、前回のその③までが「承」と言えます。

今回から続いていく④、⑤、⑥までは、2015年の途中から関心が高まったテーマ、考え方、そして思い立って起こした行動について綴っていきたいと思います。

その④は、私がコミック『もやしもん』と出会ったことで、関心が高まっていった「発酵文化」について。


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もやしもん』というのは、菌(微生物)が見える特殊能力を持った農大生を主人公とした漫画です。

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もともとパートナーが持っていたもので、結婚と同時に家の本棚に収められていたのを私が手に取り、それとなく読み進めていた所、ドハマりしてしまったのです。

 

また、以前から気になっていた「発酵デザイナー」という肩書きを持った「小倉ヒラク」さんという方のブログも読み始め、その中で「目に見えない微生物の力で成り立つ地球、その壮大な循環システム」に感動し、より一層その現象を追うことになったのです。

発酵デザイナー 小倉ヒラク | hirakuogura.com

 

塩麹(こうじ)ってご存知ですか?
塩と麹(米を蒸して麹カビを繁殖させたもの)を混ぜて、一週間ほど発酵させるとできる魔法の調味料です。

一時期ブームになりましたが、これを家で作ってみた所、その過程で「自分で造る」という楽しさ、そして発酵という現象が面白さを知り、その後、味噌を造ったり、発酵メーカーを購入し、ヨーグルトをはじめとする発酵食をどんどん自宅で造るようになりました。


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人生初のハマった趣味のようなもの、発酵。
これが後の出来事とリンクしていくのです。

 

つづく

2015年以降の世界 その③

「2015年以降の世界」シリーズ。

匿名ブログから転載というか、プチリライトした記事をこちらで載せ始めました。

じつはすでにこちらの「もふもふ」で書いたエントリーと重なってるので、未読の方は関連記事もどうぞ。

 

今回はこれかな→

なんか、かっこつけてたじぶんがかっこわるい件について。 - もふもふTAKURAMIブルワリー

 

2015年の年明けに、大学の同級生の転職の知らせを受け取ったんですけど、どうやら地域起こし協力隊なるものに応募して、数ヶ月後には長野県南木曽町に移住して、そこで色々とチャレンジをする、という話でした。


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で、直接彼に話を聞いたり、移住後に実際に家族で訪れたり、彼の生き生きと過ごしている姿を目の当たりにしたんです。

まるで自分のことかのようにテンションが上がりましたし、当然応援したいなとも思いましたが、一方で完全に「いいなー!うらやましいー!」といった眼差しもあって。

彼に比べて私は…
私には一体何があるんだろう…

特に私は彼のことをとても優れた人だと思っていましたし、経歴もグローバル企業で海外に赴任経験もあって…これからの人生設計についても私には到底思いつかないようなことで、さらにそれをやろうとしていることに、眩すぎたんですね。

もう逆にヘコんでしまうくらいの経験でした。

もちろん、夏に遊びに行ったときにも、彼に言われました。

『人と比較するなんて、一番やっちゃいけない』みたいな感じでした。

頭では分かっているんですけど、脳がそう考えちゃうんです。今まで何度も駆け巡った神経経路をなぞってしまうんです。

また、彼はこうも言ってました。

『いつかコップの水が溢れ出す時が来るよ。』

そんな時が私にも来るんだろうか…

その時の私には想像ができなかったのです。

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ここまで、私が大きく変化するきっかけになったエピソードを非常に簡単に記してみました。

丹波、恵那、南木曽
偶然の出会いや旧友との再会。

これらがもたらしたもの。もちろん悶々とする日々に拍車をかけた一面もありつつ、それでも私に新たな兆しが訪れたのは2015年の秋でした。