何でも速く手に入るこんな世の中だから。みなさん待ててますか?
おはようございます、ふぁーびーです。
by RayMorris1
このニュースの見出しを読んだときに感じたこと。
実際の動機とか経緯とか分析とかは分かりませんし、直接関係ないかもしれませんが、とにかくこうした事件、あとは例えば児童虐待のニュースを見聞きする度に感じること。
それは『待てない』ということ。
それは私自身も当てはまります。
朝、もしくは休みの日に出かける際になかなか子どもがスムーズに動いてくれず、カリカリしてしまう場面。
もちろん、そうした時に順序よく準備をすることや、これから社会に出て自律した生活を送る上でのトレーニングの意味合いで躾をしていくことは大事かとは思います。
しかし、あまりにも“こちら側の論理や理屈”だけでどうにかしようとしたり、子どもの発する言葉やメッセージを聴けていないこともあるんじゃないかなと。
子どもたちのペースや、思いを聴けていない、こちら側が耳を傾けるその時間を作れているか、待てているか。
また、子どもから見れば、忙しさにかまけてなんかどやどや言ってくるぜ、この親、とまではいかなくても、ふとスマホを取り出して眺めている姿とかも含め、向き合ってくれてるのかな、どうかな、と感じているかもしれません。反省することも多いです。
余裕、つくれてるかな…
最近自身含めて、いっぱいいっぱいな世の中に見えてしまうことも多々あります。
経済的、精神的余裕。
あと、“待てない”という話でいくと、あまりにも何でも『速く手に入りすぎる』社会みたいなものを感じます。
商品も。コミュニケーションも。欲しいときに要求できる。
でも、人とのやりとりはそんなにファストには成立し得ないはずなのに、テクノロジーの発達に比例して人間の側も発達しているように思いこんでるだけではないかなー。
特に子どもと向き合う時間においては余計にです。声をかける言葉や、時間、そういうものを考えて、相手を「子どもなんだから」と見下ろすわけでもなく、ただ見守る姿勢を崩さないように。難しい。けど。
自分が冒頭のニュースのような加害者として報道される可能性は0ではない、そういうことも頭の片隅のどこかに置いておきながら、はたして、『待てているか?』ということを意識していきたいです。
あと、もちろん夫婦関係もですけどね。
もしよかったら参考に。
それでは!